大阪府立環境農林水産総合研究所

 

大阪府水産試験場研究報告 第3号

大阪府水産試験場研究報告  第3号

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大阪湾に発生する赤潮の生態に関する研究

城 久・安達六郎・三好礼治
Ecological Study on the Red Tide in Osaka Bay,1968-1969.
Hisashi Joh ,Rokuro Adachi and Reiji Miyoshi

大阪水試研報(3):1~115,1971
Bull.Osaka Pref.Fish.Exp.Stat.(3):1~115,1971

要約

第Ⅰ章 環境

 大阪湾の海況は地形・潮流など自然的な要因を基盤として、これに汚濁等社会的な要因が加わり、時には赤潮の 発生等の2次的な変化を示しながらその海湾の性格を形成しているものと考えられる。しかるに湾の北東部と南西部 でこれらの要因は極めて対照的であり、それが海況を非常に変化に富んだ状況にしている。

 大阪湾は北東~南西に約60kmの長軸をもつ楕円形の陥没湾で西南部は由良、加太の瀬戸を経て紀伊水道に、北西部 は明石海峡を経て播磨灘と連らなっている。20mの等深線は岬町深日地先から沖合10kmに張出し、それから北東に向い st7を経て北西塩屋地先にいたっている。この線は湾を弧状に2分した形となるが以東の海域は水深が浅く、(沿岸部を 除いて10~20m)、湾奥には淀川水系、大和川、武庫川等の河川が流入し、その水系には人口1000万人強の生活活動が 営まれている過密都市が位置している。以西の海域は水深30~60mと深く海峡部では100m近くに達し沿岸は概して人口 過疎の山間地となっている。

 潮流はこのような地形に対応して西部海域の流れが早く、東部海域では緩慢である。すなわち神戸海洋気象台が 昭和3年5、6月に調査した大阪湾の潮流(神戸港標準、5m層の実測値)の概略は次のようになっている。

 満潮時は友ヶ島水道を1ノット以上の流速で入流した潮流は大阪湾の深溝に沿って北北東に流れ大部分は明石瀬戸を 西流するが一部は須磨沖合で分離して湾奥に向い、ついで東南に転向する。湾奥・東部沿岸海域ではこの余波ともみら れる時計回りの潮流が存在するが流速は弱く0.2ノットをこえることはない。

 落潮時は湾奥部から両海峡に向かう流れが生じ淡路東岸st8の南では一部が環流となって収斂している。泉州沖合海域 では沿岸に平行に湾口部に向う流れがある。

 干潮時は明石海峡から播磨灘系の水塊が湾内に流入し、流れの主軸は満潮時よりいくらか東に寄るが明石~友ヶ島を 結ぶ線に沿って紀伊水道に向かっている。湾中央部および東部海域では流速がいくらか早く0.2~0.5ノットの南東~南 西流が生じている。

 漲潮時は両海峡から流入する。明石瀬戸の水塊は一部神戸沖から大阪港に向うが、湾中央部に向う流れは友ヶ島水道 から北上する流れと一緒になってst7のやや南西を中心とする大きな環流となっている。流速は干・満潮時より遅く、 海峡周辺で0.5ノット、湾奥・東部沿岸域では0.2ノットを上回ることはないようである。

 これらの概況は5m層の1パターンであり表層水では気象条件が加わるうえ、沿岸部では埋立地防波堤等局部的な地形の変 化等によっていく分複雑な様相を呈しているものと推察される。

 前記各節で見られた湾内各海域の特性はこれらの要因が個々に投影したものと考えられるが、8点の観測点の特徴を大 別すると-いいかえれば大阪湾の水塊特性のことなる海域は-3つに分けられる。

(a)海況周辺部・西部海域(st1、6、8)

(b)湾奥および湾奥周辺沿岸海域(st3、4、5)

(c)湾中央部・泉南地先海域(st2、7)

 これら3つの水塊の特色は次のように要約できる。

 aの海域は、陸岸水によって影響されることが少なく常に高かんであり、水色は良好で赤潮の発生・汚濁等の現象はほとん ど生じない。栄養塩の溶存量は湾奥海域より少ないが、月毎の変動も少なく周年を通じて濃度が安定している。また水塊の交 流はよく行われていて、海峡周辺では海底地形が複雑なことから垂直混合が充分行われるものと考えられ、表層~20m層の間 では成層期も垂直差をほとんど生じないこと等が特徴といえる。しかし部分的にst1では紀伊水道を通じて現われる外海性水 塊が、st6では明石海峡からの播磨灘の影響が強くなっており、st8では湾中央部方向より内湾沿岸水の影響が時によって現 われる等それぞれ各地点の特性が測定値の中に現われている。

 bの海域は、湾奥に流入する河川水の影響が強く表層水は低かんである。水塊は水温上昇期に成層を形成し、成層期の表層で は赤潮の発生等によって海水の着色と汚濁、PH上昇、酸素過飽和、PO4-P等栄養塩類の濃度低下などが 見られるのに対し、底層では溶存酸素、PHが低下し、はなはだしい場合は還元状態となってPO4-P、SiO2-Si、 NH4-N等の栄養塩を溶出させ全般的にその濃度を高めている。しかし混合期には河川水の影響が特に 顕著なst4を除いて水塊の垂直差は消失して均一となり海面の汚濁も軽減するが、赤潮はこの時期にも発生して溶存酸素等で 一時的な躍層を形成している。またこの海域は水塊の交流が少なく水深が浅いことから気象の変化や、陸岸水の影響を受けやすく、 水温の年変化はaの海域より2~5℃大で、観測時の海況変動と水塊の垂直差が大である。湾奥に流入する河川水は湾奥海域を 常に低かんにしているが、その影響が強い海域はその時の海況によって北東~南西、東~西にいくらか移動するものの和田岬~ 岸和田を結んだ線(基本線)の北東側といわれている5)。今回の観測結果でも17‰の等塩線はこの線の 近くにたえず出現しており17‰線の内側は湾奥に流入する河川水の影響域であると考えられる。表層塩素量の湾内分布のパターン では17‰の等塩線は15回のうち7回までほぼ基本線と一致し、その信頼度が高いことを示している。しかし出水期の6、7月には 西に移動して須磨を通る南北線から東の海域を影響域とする場合と、湾中央部から南西部に大きく張出し、西部海域を包んでst1 の湾口部近くに達する例(69年7月)も観測された。河川水の影響が小さいときは湾奥部に縮小するが北東方向に平行移動する場合と、 東あるいは西に回転して尼崎から泉大津にいたる湾奥東部、あるいは神戸から大阪港にいたる湾奥北部の海域を低かんにする 場合などがある。このように河川水によって稀釈された沿岸水の外縁は基本線を中心に分布し、bの海域の特性を形成する一つの 要因となっている。そしてその拡散方向は湾奥から湾中央部に向っている。

 cの海域は、bの海域がaに移行する中間部に位置しているがどちらかといえばbに影響されるところが大きい。すなわち水色は 内湾特有のにぶ緑色を呈することが多いが、赤潮が発生し汚濁指標では両者の中間的な状況にある。またこの海域は上記河川稀 釈水の分布する基本線の外側になるが時によってその影響を受け表層塩素量を低下させNH4-N濃度を高め ている。水塊は滞留気味で水温上昇期には成層を形成し表層水中ではプランクトンの繁殖が盛んであり、PO4-P、 NO3-N等の栄養塩は消費され、平均濃度は低下している。

 大阪湾の海域別特性についてはこのように要約されるが、前3節の中で得られた知見のいくつかを列記すれば次のようにいえる。

1.前記b・cの海域は水温上昇期に水塊が成層を形成し、混合期と成層期では表層水が異質に近い状況を示す(表4参照)。これに対し てaの海域は成層を形成せず、周年を通じて表層水の変化が少なく、汚濁した状況を示さない。

表4 海域別成層期と混合期の表層水塊特性

 

海域(a)

St1・6・8

海域(b)

St3・4・5

海域(c)

St2・7

湾全域

PH成層期

混合期

8.17

8.16

8.37

8.05

8.34

8.16

8.30

8.11

DO%成層期

混合期

99

96

137

93

131

97

122

95

CODppm成層期

混合期

1.21

1.12

3.34

1.74

2.24

1.43

8.30

8.11

PO-P成層期

混合期

0.18

0.55

0.21

0.69

0.14

0.63

0.018

0.63

Chlorophyll-a成層期

混合期

3.3

3.5

18.7

10.2

6.7

8.2

10.25

7.67

*st4の特異値1例を除く

2.水色、透明度、濁度等の項目からみた内湾水の分布パターンは5m層の潮流パターンとほぼ一致しており、内湾水の分布状態は潮流 にもとづいた分布を示している。

3. 湾奥部海域の表層水は常にNH4-Nを20μg-at/l以上溶存しており、都市排水による汚濁が現れている。 しかし汚濁がみられない海峡周辺・西部海域は5以下でいつも正常である。汚濁水の影響がおよんでいると考えられる10μg-at/lの線は 河川水の影響範囲を示した基本線の周辺にあるが、その出現頻度は基本線とほぼ一致する場合と、その内側尼崎~大阪港~堺周辺部に 縮少している時が相半ばしている。

4. 水温上昇期に成層を形成し底層の溶存酸素が低下するところではPO4-P、SiO2-Si等 の栄養塩を溶出させ、著しいときにはNH4-Nを溶出させて底層濃度を高 めている。

5. 夏期の赤潮は水塊が成層して底層で溶存酸素、PHの低下しているときに発生するが、大規模な赤潮の発生時は底層の溶存酸素を一 層低下させ無酸素状態にするとともに、1~2日遅れてPHも極度(7.5~7.6)に低下させる。

6. 貝塚地先の海域(st3)で観察された水塊の成層状態は、水塊が高温・酸素過飽和・貧栄養な上層水塊と貧酸素・富栄養 な底層冷水塊に分離して異質のものになっている。そして両者の境界は水深11mのところで2~7mの間を上下し、日々変化している。

第Ⅱ章 赤潮生物
 大阪湾に出現する赤潮生物をNannoplankton的な立場から検討し、分類上における類別出現、その出現相、および赤潮生物名等を明らかにした。 さらにこれらの分布生態にもふれ解析したがその結果を要約すると次の如くである。

1.大阪湾に出現するプランクトン相は珪藻類が24属49種、渦鞭毛藻類14属54種、プラシノ藻類1属1種、黄色鞭毛藻類2属2種、ハプト藻類1属1種、黄緑色 藻類1属1種、ミドリムシ藻類2属3種、緑藻類3属4種、さらに原生動物門の繊毛虫類10属13種があり、これに不明種が6件加わる。以上にあげた134種の 出現種が認められた。

2.上記の134種のうち個体数上主要種について各観測による出現構成を特徴的に論じた。

3.大阪湾における一連の観測中に出現した赤潮からその種を整理すると次の21種が赤潮出現種である。

珪藻類  5種

Skeletonema costatum ・Skeletonema disomata・Eucampia zoodiacus
Rhizosolenia delicatula・Thalassiosira decipiens
渦鞭毛藻類 11種

Prorocentrum minimum v.m-l・Prorocentrum triestinum・Gymnodinium lacustre
Gymnodinium sp.2・Gymnodinium sp.3・Gyrodinium sp.2・Katodinium sp.
Noctiluca miliaris・Peridinium trochoideum・Peridinium sp.・Ceratium furca
プラシノ藻類 1種

Pyramimonas disomata
黄緑色藻類 1種

Olisthodiscus sp.
ミドリムシ藻類 2種

Euglena agilis・Eutreptella hirudoidea
繊毛虫類 1種

Mesodiniun rubrum
以上のほかに不明種(Flagellata)が加わる。

4.赤潮生物21種のうちで赤潮形成上代表種8種、およびプランクトン構成の類別について大阪湾における分布消長を明確にした。

 (イ)赤潮生物は種類によってその出現期、分布は相違している。

 (ロ)内湾における類別構成では珪藻類の個体数値が高いことは通例であるが、当湾においてもその個体密度が常に高い。また 渦鞭毛藻類も定常的な出現性を示し、さらにその他の藻類ではミドリムシ藻類が多く出現すること等は本湾の特徴を表わしている。

 (ハ)大阪湾のプランクトン分布はSkeletonema costatumで代表される珪藻類が神戸和田岬~貝塚を結ぶ線より湾奥部で大阪港に向って密度高値となる。この線は前章 で記さいした河川水の影響域を示す線と一致し、その北東側は常時低かんな海域であることから、Skeletonema costatumが低かんな海域で常に優占していることを示している。また渦鞭毛藻類は湾奥部よりもその周辺部で高い分布 を示し、その他の藻類は珪藻と同様湾奥部で高値を示すことなどが特徴としてあげられる。

5.一連の定期観測より赤潮生物の動態を求めた。その出現性はSkeletonema costatumおよび Prorocentrum minimum v.m-lが優占種出現度の高いことを示すが、そのなかで他の赤潮生物種も時々突発的に出現し優占することも認められた。

6.個体数密度の垂直分布を解析すると、高密度の出現はその前に中~下層でみられる著しい低密度の発現と関連性を持っている。

7.赤潮生物の日周性は今回Rhizosolenia delicatula の赤潮で観察されたが、それは表層から中層の間における垂直分布の移行であらわれた。

そして赤潮生物の日周性によって、PH、溶存酸素、濁度、クロロフィルはもちろん、水温、塩素量等の環境値にも影響をおよぼしている。

第Ⅲ章 論議
 今回の調査は湾内8定点において毎月1回15ヶ月にわたって行なった月間観測と、貝塚地先の1定点で観測間隔を短かくした週間観測・ 連日観測・一昼夜観測等を合わせて行なったものである。

 前者の調査では環境、プランクトンの湾内における分布・出現等のパターン、定常性、季節変化の傾向など大阪湾をマクロな観点から検討した。後者においては海域的には一点に限定されるが、より細かく連続的に観測することによって、ミクロな解析が可能となり、これら両者を総合した結果大阪湾において発生する赤潮の実体、環境との関係等について数多くの新しい知見を得ることが出来た。

 これらの結果についてはすでに個々の項目の中で記載したが、調査結果を総括的にみれば次のように推定、あるいは結論することができる。

1.大阪湾は環境、プランクトンの出現状態からみて、湾の東西で非常に対称的な状況にあり変化に富んだ内湾である。

2.大阪湾における汚濁は湾奥~東部沿岸海域で強くあらわれるが、汚濁の実体は赤潮プランクトンによることが多く、赤潮多発海域が汚濁海域と合致する。

3.これらの赤潮多発海域に共通していえることは海水の交流が悪く、水温上昇期に水塊は成層を形層すること、淀川等の大河川が流入し汚濁河川水の影響が表層水に絶えず及んでいること、またその影響が底質を汚染させ、成層の形成と相まって底質から栄養塩等の物質を溶出させていること等自然的要因と社会的人為的要因が複雑にからんでいる。ここにあげた特徴はすでに今まで言われている赤潮発生の諸要因にいずれも該当するものである。

したがって大阪湾の湾奥部は地形的にも赤潮発生が容易である自然的条件のうえに、後背部から各種の汚濁物質が流入することによって一層その発生が容易になり、日照量が多く水塊が成層する水温上昇期には半ば常時赤潮発生状態となっている。この場合汚濁負荷量の増大にともなって赤潮が頻発するようになった現状を考えると河川水中に含まれる各種汚濁水は赤潮発生の一促進剤の役割を果していることになり、赤潮の多発とこれに伴った海面の汚濁は都市公害現象の一面であるといえる。

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